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参禅記その1

参禅記その1

2013年8月20日

禅堂に涼風わたり虫の声

朝方も未だ蒸し暑さが残っている禅堂での座禅中に禅師が窓を開けてくれた。一瞬外のささやかな風が吹き込むとともに虫の声も届いてきた。暑い日々とはいえ、そろそろ秋の気配が忍び込んできた。

4月より火曜と土曜で行ける日に近くの大慈寺に参禅するようになった。朝4時半までに禅堂に入り静かに結跏し、40分間座禅を組む。只管打坐、唯只管壁に向う。無念無想というが考えまいと思うこと自体が邪念、考えても考えなくてもどうでもいいと思って壁に向っている。40分終了後その場でお経や参偈文を唱えた後、本堂で読経、その他2か所でお経を唱える。中心が般若心経でつごう3回から4回唱えることになる。信仰心など仏教含め全く帰依するものはないが、なぜか学生の頃より般若心経は馴染みがあるので抵抗なく気持ちよく読める。

その後、住職の書斎でお香を焚きながらお茶の菓子を戴きながら雑談で6時半散会となる。今日の住職の話

「永平寺でさえ毎日読経や堂めぐり焼香献灯、掃除など同じお勤めの繰り返しに、つまらないと出て行ってしまう修行者も多い。単調な同じ繰り返しにこそ深い意味がありが最も重要なことなのだが…。」と。

何処の世界にも門を入って少しかじって止める口実を探して初心を放り出してしまう者は多いようだ。まさか禅の修行にさえもあるとすれば、私の周辺に見かけるのは無理もないと思った次第だ。

さて、座禅しながら邪念を楽しみ無想を楽しみ夢想も楽しむ参禅の時を暫く楽しみ、参禅記を今後も書いてみようと思っている。それにしても結跏打座、40分後に足を解くと足首は痛く、足は痺れ、立つことさえ暫くままならない。

何故、そこへ行くのか?

私の潜在意識が何かを求め飢えているとしか今は自分にも答えられない。

 

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