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「守 破 離」

「守 破 離」

                    2015年4月6日

 守破離、最近、良く聴くようになったし、知り合いと話す機会もあった。私は随分昔に禅の入門解説本でこの言葉と出会ったように思うが、柔道、剣道、茶道など「道を究める修行の心得として伝えられる言葉だ。今から何かに挑戦始めるときに考えてみていい言葉だと思う。

 「守」、先ずは型から入れ、真似よという。次にその身についた型を他の方法で変えてみて、ついにはそこと全く違うレベルを身に着けよということか。

 私の個人的思いでその言葉にあえて逆らって試したことが幾つかある。先ずゴルフだ。ゴルフこそまさに人や教本、場合によってはレッスンスクールに行ってフォームを固めたがいいと言われるものの典型かもしれない。それを知っていてあえて我流で遣ることに挑戦してみることにした、35歳のころだ。どうせプロやトーナメントに出るなどの欲望はない、だからあえて我流で、ただし、遣るときは絶対に一生懸命真面目に遣るという決意で始めた。30代から40代に掛けて多い時は月に一回程度は出かけ、打ちっぱなしにも同じくらい行った時期もあったように思う。十年以上ゴルフをやって最高が101、ついに100を切ることはなかった。

 同じような経験がフルートだ。金はないが暇はあると思っていた大学時代に、フルートと教本を買って、時々だったが10年以上我流で遊んだ。せいぜい音が出てポップスが吹ける程度にはなったが、納得できる状況では無く忘れ去っていた。40歳随分過ぎて少し本気で吹いてみたくなり先生に就いた。月に2回20分レッスンを受け始めた。つくづく実感したのは、我流であり、それを修正するには初心者より大変な部分もあるということだった。

 どちらも仕事や他人に迷惑かけることではないから、我流を楽しむのもあってもいいが、少しでも早く上手くなりたいのであれば先生の指導を受け、先ずは先人の型を学ぶことだと実感する。型を身に着けてこそ「破」であるアドリブも楽しめるし、臨機応変、変幻自在の「離」の領域がある。

 もし、仕事や趣味で高い領域に到達するのを目指すなら、先ずは我流を排し自らを「守」、型に入れることだ。先輩、師匠の指導を受け身につけることだ。身近に師匠がいなければ、教本や成功者の本から学ぶことだ。

 仮に身近に尊敬する師匠に恵まれれば、其れは人生の宝だから先ずは真似をしてそして指導を受けることだ。道に近道はないというが、我流は遠回りであることは間違いないというのは私のゴルフやフルートや水泳が証拠だ。勿論、我流を楽しむのも人生あってもいいと思うし、今後も色々と我流を楽しむつもり、というのは負け犬の何とやらか。

 そういえば私の会社経営も我流だった。営業、購買、総務も遣ったことはなかったし、ましてや経済学や経営学を体系的に学んだこともなかった。経営しながら随分と書物も読んだし、周りの社長の行動観察からも学んだが、所詮ツギハギ知識だった。随分と失敗し痛い目にもあった。体系的に経営学を学べば失敗しないで済んだであろうことが多かった気もするし、今後も未だ未体験な失敗に出会うかもしれない。私には、守も破も離も同時にやっているような落ち着きのない社長業がまだ続きそうだ。

 

 

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