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見果てぬ夢

見果てぬ夢

2015年5月7日

 創業時に秘めていて人に語れなかった夢がある。技術を志す者が自由にビジネスとして技術の中で生きていける会社を創りたいと思う夢。家族に育てられた若者が家族と共に、友と共に、生まれた故郷で世界のトップレベルの開発を競い、市場を創り感動させる技術を産み出し育てるような会社となることを目指した。
 思えば子供の頃、技術のかけらなど何一つなかった環境に育った。家の中の電気製品といえば照明以外はラジオしかない時代に人生が始まった。おもちゃ等ほとんど買い与えられる家庭でもなく、いつも空想だけが未来へつなぐものだった。家の中で手に入る石鹸の空き箱、線香の空き箱、キャラメルの空き箱、隣のおばさんから貰う牛乳瓶のフタ、ミシン糸の巻芯、かまぼこ板、輪ゴム等々を集めては何を作ろうかと夢を描き、ハサミ、小刀、キリや接着剤を使って自動車や船を作ったのが私のモノづくりの原点だ。空き箱が出るのをひたすら待った、ミシンの糸が減るのを待った、たまにカマボコを親が買うと食べる以上に嬉しかった、輪ゴムは柱に釘を打ってそこに掛けて溜めてあった。
それでも小学校の高学年になると、夏休みはゴム動力の潜水艦や乾電池モーターで動くプロペラ双胴船、磁石で開く金庫などに挑戦し、失敗を繰り返しながら創り上げた。切れない小刀や重すぎるハンマーで指を切ったり叩いたりしながら作ることに夢中になった。見かけは人に見せるほどではなかったが、初期目標を達成した作品を完成させたところにはエクスタシーと反省があった。
 出来の悪いプラモデルも私の小学校1年生頃から始まった。派手な箱の絵と出来上がりがあまりにも違うことに打ちのめされながらも、何度も小遣いを貯めて夢を買った。その夢が破れる度に、いつか夢以上のプラモデルを作るような会社に入りたいと思った。そういう中で出来の悪い部品を手直しして使いこなすことも覚え、やがて自分では買えないが、友達のプラモデルを作ってやるという腕前にもなり、モノづくりを楽しめた。失敗や困難には副産物があるものだ。機械の故障や不具合対策が得意になったのも、この頃の口惜しさと対応のお蔭かもしれない。
 大人になったらピカピカの工作道具が揃った研究室を持つのが子供心の夢だった。大人になったらラジコンを手に入れるのも夢だった。当時のラジコン飛行機はサラリーマンの初任給の3倍くらいしたような気がする。今、それをはるかに凌ぐドローンが1万円で手に入る。全て夢に描いたものは手に入る環境が揃った。そういう意味でも、モノづくりは素晴らしいと思う。子供の頃の夢は今はいつも手中にあり、もう夢ではなくなった。
 今、追いかける夢は何か。幼いころ夢見た物は手に入ったし、小遣いでいつでも手に入る。今追いかける物は、勿論今の私に簡単に手に入らないものだと改めて気づく。
 夢は追いかけている時こそ生き甲斐となり夢である。現実に目の前で揃うときそれは色あせて夢でなくなり次の夢を追う。
創業の頃の思いから永遠に繰り返し続くものは、未だ誰も出逢えていないような技術の壁の向こうにあるものなのかもしれない。それは技術やモノそのものに夢があるのではなく、いますぐに手に入らないから実現することが夢であり生き甲斐となるのだ。私の夢はそれら壁の先にあるものを追いかけながら生計を立てて生きられる環境づくりなのかもしれない。プレシードという25年育ってきた会社を、夢もって集う諸君が夢を追い続けられる会社にすることだ。まだまだ道半ばだし、死ぬまで見果てぬ夢であるだろう。

 

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